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名古屋高等裁判所 昭和63年(ウ)163号 決定 1988年7月05日

申立人

小野寺初男

外四四名

右代理人弁護士

戸田喬康

野島達雄

野間美喜子

山本秀師

大道寺徹也

成田清

山田幸彦

加藤良夫

大竹正江

主文

本件申立を棄却する。

申立費用は申立人らの負担とする。

理由

一申立人らの申立の趣旨及びその理由は別紙のとおりである。

二当裁判所の判断

申立人らの所論は要するに裁判官Aが申立人(第一審原告)らと国(第一審被告)間の名古屋高等裁判所昭和六〇年(ネ)第七六一号、第七六八号損害賠償請求控訴事件(以下「本案事件」という。)の審理裁判に関与することは実質的に民事訴訟法三五条五号の事由に該当し、同法三七条にいう裁判の公正を妨ぐべき事情があるというものである。

よつて審案するに、裁判官Aが昭和六三年四月判事に任命され、名古屋地方裁判所判事に補され、名古屋高等裁判所判事職務代行を命じられ、同裁判所民事第四部に配置されたこと、同裁判官は昭和六〇年四月から右の判事任命までの間名古屋法務局訟務部付として国の利害に関する訴訟事件について国の指定代理人としての職務等に従事していたことは当裁判所に顕著なところである。

しかしながら裁判官Aが右訟務部付として右の職務等に従事していた間に前記本案事件又はこれと同一のものとみられるべき紛争事件につき国の指定代理人になつた形跡のないことが本案事件の記録上明らかである。

しかして民事訴訟法三五条五号にいう「裁判官カ事件ニ付当事者ノ代理人……ナリシトキ」との「事件」とは受訴裁判所に係属する具体的な個々の事件又はこれと同一のものとみられるべき紛争事件をいうものと解されるところ、本件の裁判官Aが右の本案事件等につきこれの代理人になつた形跡のないことは前記のとおりであるから、同裁判官が前記の期間同法務局訟務部付として前記の職務等に従事したことの一事をもつて、同裁判官が本案事件の審理裁判に関与することにつき実質的に民事訴訟法三五条五号の事由ありということのできないこと、従つて、このことにつき同法三七条の裁判の公正を妨げるべき事情ありとみることのできないことは明らかであり、また本案事件の記録等を精査するも、その他同裁判官につき同法三七条の裁判の公正を妨げるべき事情があると認めることもできない。

よつて本件申立は理由がないから、これを棄却することとし、民事訴訟法八九条、九三条に従い、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官海老塚和衛 裁判官高橋爽一郎 裁判官野田武明)

申立の趣旨

名古屋高等裁判所昭和六〇年(ネ)第七六一号、同第七六八号損害賠償請求控訴事件について、裁判官Aに対する忌避は理由があるものと認める。

との決定を求める。

申立の理由

一 一審原告らと一審被告間の頭書事件(以下本件という)は、名古屋高等裁判所民事第四部に係属しており、裁判官Aは同部の構成員である。

二 ところで、同裁判官は昭和六三年四月名古屋法務局訟務部付検事より右裁判所裁判官に就任したものである。これは裁判所に顕著な事実である。

裁判所と法務省との人事交流とくに民事部裁判官と訟務検事間の人事交流(いわゆる判検交流)は、裁判所と法務省当局の合意に基づいて近年急激に増加してきた。

その目的とするところは、国の訟務体制の強化と行政の実情に対する理解を深めるという意味での裁判官への教育的効果にあると説明されているが、このような人事交流の拡大は、裁判官の意識や裁判に対する態度にも影響を及ぼし、行政権に対する司法のチェック機能を低下させるおそれがあり、ひいては司法の独立と裁判の公正に対する国民の信頼を損なう虞れがつよく、極めて問題があると指摘されている。

とりわけ、国を当事者とする訴訟において、それまで国の指定代理人の立場から国民と対峙し国の利益を擁護することに専心して活動していた者が、一転して裁判官をつとめる場合は極めて問題である。いかに中立公正を標榜しようとも当事者の一方の代理人であつた者が裁判官となるわけであり、相手方としては到底納得し難いことは明らかである。これを弁護士に例えて言えば、ある企業の専属顧問弁護士であつた者が、その会社の訴訟事件を裁判官として担当するようなものである(近年裁判官を一定期間企業等へ研修のため派遣することが行なわれるようになつているが、復帰後当該派遣先企業を当事者とする裁判を担当する場合にも、同様の問題が生起することになろう)。そのように一方当事者と極めて深い関係にあつた者が行なう裁判を誰が信頼するであろうか。このようなことがまかり通れば、国民の裁判の公正に対する信頼を大きく揺るがすことになる。

かつて最高裁は、いわゆる青法協問題が起こつたとき、裁判官は単に公正であるだけでは不十分であり、公正らしさが確保されていなければならないと述べた。今判検交流問題で問われている大きな問題は、個々の裁判官の心構えで解消できる性質のものではなく、まさにこの公正らしさである。

このような判検交流の拡大に対し、日本弁護士連合会は、昭和六一年一一月、「裁判所と法務省との人事交流に関する意見書」を公表し、詳細な事実調査の上にたつてその弊害と改善の必要性を明らかにした。また、中部弁護士連合会をはじめ、近畿・東北等各地の弁護士会もこの問題について、相次いで決議を採択するなど、批判の声は今日大きく盛り上がつている。

三 A裁判官は、前述のとおり、本年三月まで三年間名古屋法務局訟務部付検事として勤務し、この名古屋高等裁判所において国を当事者とする訴訟の指定代理人として国の立場を代弁して活動されていたのである。現に当代理人らのうち数名は、国を相手方とする別件において同裁判官と相対し、同裁判官が国の代理人としてその利益を擁護すべく熱心に活動されていたことを知つている。

本件は、原審以来同裁判官が属していた名古屋法務局訟務部が国側代理人を担当し、国の責任を否定して論陣を張つてきたのである。同裁判官は本件の代理人としては直接には登場していないが、名古屋法務局訟務部長の指揮を受けつつ本件の指定代理人と机を並べて名古屋高等裁判所に係属する多数の国を当事者とする訴訟事件を分担して担当していたもので、行政機構として見れば同一部局内の一員に他ならない。

このように、今回の人事は、本件に直接代理人として関わつたものではないとしても、本件の代理人と全く同一の部局に所属し、同じ裁判所で直前まで専ら国の代理人として活動していた者を、国を当事者とする訴訟の裁判官にするというものであつて、判検交流人事の中でも最もその弊害が顕著な事例である。これらの事情を考慮すれば本件は民事訴訟法第三五条第五号に実質的に該当すると言わざるを得ず、裁判の公正を妨げる事情が存することは明らかである。

四 行政権の肥大化に伴つて国民生活の様々な場面において行政権と国民の人権との矛盾対立が生じ、それが裁判として持ち出されることが多くなつている。本件も、まさにそのような事件の一つとして、大きな社会的注目を集めている事件である。そのような事件において、中立公正な立場から行政権に対するチェック機能を期待されている裁判所が直前まで国の指定代理人であつた者によつて構成され、あたかも行政機関と人事面において癒着しているかの如き疑念を生じさせることはまことに由々しい事態と言わなければならない。

司法の独立と国民の裁判への信頼確保のために、賢明なる判断を求めるものである。

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